枯草菌が臨界現象をつかって電気を流す話

この記事は、 #今年読んだ一番好きな論文2018 の22日目のエントリーとして書きました。

今年紹介する論文はこちら。

Signal Percolation within a Bacterial Community

タイトルを和訳すれば『微生物コミュニティー内での信号パーコレーション』です。

実は共著者の一人なので、 #今年書いた一番好きな論文2018 でもあります!

ざっくりした内容のまとめ

  • 枯草菌の細胞集団は、パーコレーションという臨界現象を利用して効率的に電気的通信する
  • 臨界現象に向かう原動力は、集団レベルの利益と1細胞レベルのコストのバランス取り

もはや伝統的にながい背景説明

この論文、 #今年読んだ一番好きな論文2015 で発表した論文の発展研究*1なのですが、どういう位置づけなのかをまとめ直したいと思います。

多細胞生物は長距離の調整が必要

一般的な話として、たくさんの細胞が集まってひとつの器官や生命体を構成するとき、それぞれの細胞が好き勝手な行動をしていては、システム全体の機能は成立しません。細胞同士で適切に情報を共有して細胞機能や成長状態を調整することで、器官や生体としてのマクロな機能が成立可能になります。

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細胞同士で情報をやり取りして調整し合う「細胞間コミュニケーション」は以前から活発に研究が行われている分野で、有名な例としてホルモンを介した内分泌系や、電気信号を介した神経系等が挙げられます。

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ホルモンなどのシグナル分子をつかったコミュニケーションシステムの場合、シグナルの伝達は分子の拡散に依存するので、距離とともにシグナル強度は減衰していきます。一方で、神経細胞の軸索に見られるような電気信号の伝達は、イオンチャネルがバケツリレー方式にシグナルを運んでいくため、長距離に渡って安定した信号を伝えることができます。ヒトの神経細胞は大きいもので数十センチまで成長するので、このコミュニケーション形式は非常に重要になります。

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細菌も集団生活をしている

さて、ヒトなどの多細胞生物は、たくさんの細胞がコミュニケーションしながら集団生活しているのですが、もっと「単純」な生命体はどうしているのでしょうか。

単細胞生物の代表格である細菌(バクテリア)は、ヒトの細胞とちがい、1つの細胞で完成した生命体です。ヒトの赤血球を体外に出してもすぐ死んでしまいますが、細菌*2はひとりでもへっちゃらです。

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しかし、単細胞生物だからといって常に単独行動をしているわけではありません。ほとんどのバクテリアバイオフィルムと呼ばれる集団を形成して、たくさんの仲間の細胞に囲まれた集団生活を送っていることが知られています。

バクテリアの細胞間コミュニケーション方法として早くから知られていたのは、クオラムセンシングを始めとする拡散ベースの分子シグナル法でした。しかし、多細胞システムであるバイオフィルム内部のシグナル伝達は拡散頼りで十分なのでしょうか。

今回紹介する論文の著者ら*3バクテリアの一種である枯草菌のバイオフィルムにおいて、数センチメートル規模の長距離*4における細胞状態の調整と、神経細胞に類似した電気的細胞間コミュニケーション(拡散ベースではない)の存在を明らかにしています。

枯草菌バイオフィルムの電気的コミュニケーション

たくさんの細胞があつまって形成されるバイオフィルムは、つねに新鮮な培地に接している周縁部の細胞と、栄養が枯渇しがちな内部の細胞の健康状態を調整する必要があります。

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周辺部ばかりが成長すると内部に栄養が行き渡らなくなり、内部が餓死したドーナッツ状の集団になってしまいます。外敵や毒物などに遭遇した場合に矢面に立つのも周縁部の細胞なので、ドーナッツ状態ではバイオフィルムとしての生存確率は大きく低下してしまいます。

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そこで枯草菌のバイオフィルムでは、内部で栄養が枯渇すると、細胞内に蓄積したカリウムイオンを放出して周囲の細胞の膜電位を過分極させ、それがまたカリウムイオン放出の引き金になってまた周囲の細胞の膜電位を変化させる、というバケツリレー方式の電気信号を周縁部に向かって伝搬していきます。膜電位が過分極している細胞は栄養の取り込みが停止して成長も停止するので、周縁部が成長を停止している間に内部の細胞は栄養を取り込んで一息つくことができるようになります。こうした細胞成長と停止の振動を繰り返すことによって、安定した細胞集団の維持が可能になっている、というのがいままでの研究成果でした。

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biofilm-ionchannel

しかし、神経細胞の軸索のような特殊な細胞構造を持たない枯草菌が、どのように電気信号を長距離にわたって伝搬しているのかは不明でした。

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そこで電気信号を発信しているバイオフィルムを高倍率の顕微鏡で覗いてみると、すべての細胞が信号伝達に参加しているわけではなく、信号伝達に参加する細胞(「発火している細胞」と呼ぶことにします)と参加しない細胞がいて、しかも発火している細胞はランダムに配置されているのではなく、いくつかの発火細胞同士で寄り集まったクラスター構造をとっているらしいということがわかりました。

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100倍対物レンズで撮影した枯草菌のバイオフィルム。膜電位をチオフラビンT(青)で可視化している。

パーコレーション理論で説明できる??

発火する細胞と、しない細胞。このような不均一な媒体を信号が通過していく方法で、なにか使えそうな理論はないかと考えたSuelラボメンバー。イジングモデルにおけるパーコレーション現象*5に似ているんじゃないかと睨んで、理論屋のMuglerラボと共同研究を開始します。

ここでパーコレーション現象について、森林火災を例にざっと解説したいと思います。

まばらに木が生えた土地に、山火事を起こすというシチュエーションを考えましょう*6

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木と木の間に十分間隔があいていれば、最初の火は燃え広がらず、しばらくすれば燃え尽きてしまいます。

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しかし、木の生えている密度を上げていけば、どこかの段階で火が隣の木に燃え移ることが可能になり、さらに密度を上げれば燃えている木のかたまり(クラスター)がつながって、一気に森全体を包み込む大火災に発展します。この「つながる」現象を「パーコレーション(浸透)」と呼びます。

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土地に木が占める割合と、大火災の発生率(接続率)の関係をグラフに起こしてみると、木がある程度密集した段階で一気に接続率が上がる、S字形のシグモイド曲線になることが知られています。非接続から接続が起こる領域を臨界点、この変化を臨界相転移と呼びますが、こうした現象は統計物理学で盛んに研究がされてきました。また、臨界点付近の状態で、火がついている木のクラスターの大きさを発生確率と両対数グラフにすると、べき乗分布(power-law distribution)になり、システムのサイズ(森林の面積)に依存しないスケールフリー性を示すのも、パーコレーション現象の大事な性質です。臨界点より大きい割合を木が占めている土地では、土地の面積によらず、つねに土地全体をスパンする巨大な山火事クラスターが出現するという具合です。

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自然界やネットワークデータからべき乗分布を見つける研究はちょっと流行ったことがあり、「べき乗則」についてのはてなキーワード

最近は経済、バイオ、インターネットなど様々な分野で、特に多数の要素がたがいに影響しあって微妙な均衡を保っていると考えられる場合に冪分布が見いだされるという研究が非常に流行っている。冪であることを示すには両対数グラフを書いた時に直線になればよいが、どんなグラフでも横軸が1、2桁の幅しかなければ直線に見えなくもないので注意が必要である。

はホントにそのとおりというか、たぶん統計物理学界隈の業界人が書いた指摘です。

シミュレーションでパーコレーション現象を予測

さて寄り道が長くなりましたが、バイオフィルムに話を戻したいと思います。

山火事と微生物の電気信号、ちょっと関係なさそうですが、不均一な媒体を信号が流れていくという点で同じ理論でアプローチできそうです。

そこでバイオフィルムの細胞を格子に見立てて、パーコレーション現象が起きる条件をシミュレートしたところ、2つの予測がうまれました。

  1. 臨界点(パーコレーションが発生するときの割合)は全体の45%を発火細胞が占めたとき。

  2. そのときの発火細胞クラスターサイズの確率分布はべき乗分布を示し、その臨界指数は2。

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さて、実際のバイオフィルムではどうなっているのでしょうか。

実験で予測をばっちり実証!

マイクロ流体デバイスの中で枯草菌を増やしていくと、ある程度の大きさのバイオフィルムになった段階で栄養状態が内外でズレて電気的コミュニケーションが発生します。このときの様子を高倍率の顕微鏡で撮影して発火細胞を解析することで、パーコレーション理論で説明できるかどうか実証できます。

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チオフラビンT (ThT)という蛍光色素を使って一個一個の細胞の膜電位を可視化すると、信号伝達に参加する細胞は全体の43% (±2) という結果になり、パーコレーションが起こる臨界点ぴったりという結果になりました(上図B)。

さらに各クラスターの所属細胞数を調べて両対数グラフにしてみると、4ケタにまたがるキレイなべき乗分布、しかも指数も2という結果に(上図D)! さきほど「どんなグラフでも横軸が1、2桁の幅しかなければ直線に見えなくもない」という文章を引用しましたが、今回の結果は生物学データで発見されたべき乗分布としては最大の例に近いと思います。

さて、どうやら枯草菌のバイオフィルムはパーコレーション現象を使って電気通信をしているらしいということはわかりました。めでたしめでたし。

……。

いやいやいや、ちょっと待ってください。

「なぜ発火細胞の空間配置がべき乗分布するのか」、「なぜ臨界現象なのか」、気になりませんか?「自然界にはべき乗分布がたくさんあるっぽい」「ふーんそーなんだ」みたいな明日使えるムダ知識で終わりたくないですよね?

というわけで、ちゃんと調べましたよ。

集団の事情、一細胞の事情

そもそも枯草菌バイオフィルムにおける電気信号の役割を考えてみると、「バイオフィルム全体が元気に成長を続けるために、定期的に一細胞レベルで成長を停止して栄養供給を安定化する」というものでした。

つまり、信号伝達の利益バイオフィルム全体レベルで現れる(バイオフィルムの端から端まできちんと電気信号が伝わらなければ利益は得られない)のに対して、信号伝達のコストは一細胞レベルで現れる(信号伝達に参加している間は成長・分裂ができない)というふうに考えることができます。実際に、下の右図のように、膜電位の過分極の度合いと一細胞の成長速度は逆相関することがわかりました。

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"Benefit of Signaling"のグラフの線の色は、電気信号伝達に関わるカリウムイオンチャネル(YugO)やその開閉ゲートドメイン(TrkA)、その転写制御因子(SinR)、そしてカリウムイオンポンプ(KtrA)を欠損させた菌株を表しています。ここからはTrkA欠損株のみ、信号伝達が距離に応じて減衰していく(利益を得られていない)ということがわかります。

コストのほうでは、各変異株で信号伝達に参加する細胞の割合、そして各信号の継続時間を調べました。 f:id:pioneerboy:20181223143904j:plain

ちょっとごちゃごちゃした図なのでざっくりまとめると、信号伝達に関わる遺伝子を欠損させることで、発火細胞の割合と、発火している時間をそれぞれ変化させることができましたという結果です。信号伝達のコストは、このふたつのパラメーターをあわせて考えれば良さそうです。

さて、「利益」はバイオフィルム全体に信号が伝わっていれば良いので、パーコレーションが発生する直前まではゼロ、臨界点突破してパーコレーションが発生して信号が伝達した途端にMAXになるというシグモイド曲線で考えることができます(下図C)。一方で「コスト」は発火細胞の割合とともに単調増加していきます(下図D)。 f:id:pioneerboy:20181223143919j:plain

この2つを合わせると、ちょうどパーコレーションが発生する臨界点付近で利益-コスト比が最大になります。臨界点以下の発火割合では信号が伝わらないので利益は得られないし、臨界点以上の発火割合では利益は据え置きでコストが膨らむという具合で、ちょうど野生株が最適な位置にいることがわかります。 f:id:pioneerboy:20181223143932j:plain

そんなわけで、「なぜ発火細胞の空間配置がべき乗分布するのか」、「なぜ臨界現象なのか」という疑問に対して、「枯草菌細胞が信号伝達のコストベネフィット分析をした結果である」という回答を出すことができました*7。べき乗分布はスケールフリーなので、バイオフィルムが成長してサイズが変わっても信号伝達がスケールしていくという利点もありそうです。

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まとめと感想

長々と自分の論文を紹介してきましたが、微生物集団の電気的コミュニケーションが成立する背景をパーコレーション現象で説明する研究、いかがでしたか?

一細胞と集団の両方にまたがり、さらに統計物理学と微生物学をあわせた本研究は2018年に発表されたQBio系研究でも相当面白いんじゃないかなと(手前味噌補正を自覚しつつ)思っています。

理論と実験から微生物生理における臨界現象を実証し、さらに臨界現象に生命システムが近づく理由まで踏み込んだ成果としてのインパクトがありそうです。

最近は腸内細菌叢と宿主の神経系とのインターフェイスがじわじわ人気の研究分野になってきていますが、腸内環境でも電気通信をする細菌はいるのか、いるとしたら宿主神経系と電気的に情報をやり取りしているのか、など面白そうな発展研究の夢が広がっています。

この論文はいまのラボでPhD 1年目のローテーションをしていたときに、画像解析を手伝って著者の一人になりました。 実験と理論の担当者で毎週何回もSkype会議して、わーっと解析して図表を作って論文になっていく流れが勉強できて非常にためになりました。 Cell Systemsはシステム生物学に特化した新しい雑誌ですが、担当エディターが丁寧な仕事をしてくれてとても好印象でした。

来年は自分の1st Author論文を出すことを目標に頑張りたいと思います!

おまけ

Cell Systems誌に論文が採択された段階で募集される表紙画像に、私が編集した画像が採用されました。電気的信号に参加する発火細胞を色付け、さらにパーコレーションでシステム全域にまたがっていくクラスターに属する細胞を別の色で強調しました。採用の連絡が来たときは嬉しかったですね。 f:id:pioneerboy:20181223224849j:plain

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表紙のポスターも記念に注文しちゃいました。

おまけ2

おかげさまで、人気投票第一位および「そんなことよりビール飲もうぜ賞」を受賞しました!本年もよろしくお願いします。

*1:書いた当時はこのラボに所属するための大学院受験をしていた頃でした

*2:オリゼーはカビですが

*3:というか私の所属ラボ

*4:枯草菌の1細胞は1マイクロメートルサイズなので

*5:磁気双極子のスピンが揃うことで磁性が発生する

*6:アメリカでは山火事を始めると40億円の賠償金が発生したりするので、良い子は真似しないでね

*7:意識高い

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