細胞スープが勝手に細胞(?)に戻る話
この記事は #今年読んだ一番好きな論文2019 大人版のエントリーとして書かれました。
学生版もぜひ見てみてください。
今年ご紹介する論文はこちら。
Spontaneous emergence of cell-like organization in Xenopus egg extracts
和訳すれば「アフリカツメガエル卵抽出液からの細胞様構造の自発的組織化」という感じでしょうか。
なんで細胞スープなのか
細胞が分裂して増殖するとき、次世代の細胞は親からDNA上の遺伝情報と、空間上に配置された各種生体分子と細胞内小器官を受け継ぎます。
次世代の細胞をちゃんと作るにあたって、遺伝情報がなにかしら大事そうというのはわかりますが、親から受け継いだ細胞内空間配置がどれくらい大事なのかはよくわかっていません。
そこで筆者らは、「じゃあ細胞を遠心分離機にかけて細胞質*1だけとってくりゃいいじゃん」という発想に至ります。すき。
カエルの卵の細胞質だけ取り出して放置する
アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は、おとなしくて飼いやすいので(たぶん)、実験生物として広く使われています。
とくにアフリカツメガエルの卵は、簡単に採集できる巨大細胞*2として便利なモデルです。
筆者らはこのカエルの卵を集めて遠心分離機にかけ、真ん中の細胞質部分だけ取り出し、よく混ぜて精子を添加して、スライドガラスに挟んで顕微鏡で観察することにしました。
勝手に凝集して細胞っぽくなる!
スライドガラスに挟んだ細胞質の様子です。 緑色が細胞の骨格をつくる微小管、そして赤がタンパク質合成などにかかわる小胞体です。
30分程度の間に見事に細胞っぽくなっていますね。
それぞれの区画の真ん中には精子由来の細胞核(青)がひとつ配置され、微小管、小胞体、ミトコンドリアも通常の細胞と類似した空間配置になっています。
つまり、卵細胞を壊して細胞質だけ取り出しても、元通りの細胞の構造が勝手にできてくるようなのです。
なにが細胞っぽくさせているのか?
では、なにがこの自己組織化を後押ししているのでしょうか。 まずは精子由来の細胞核の寄与を調べるために、精子を添加した場合としなかった場合を比べてみます。
すると、精子由来の細胞核がなくても自己組織化現象は起きることがわかりました。
添加する細胞核の数を変えると、それに応じて細胞構造の大きさも変わりました。
つまり、細胞核はなくても自己組織化できるが、あれば核の数に応じて細胞構造も細分化されるという法則がありそうです。
また、微小管の重合を阻害するNocodazole、そして微小管上を動いて物質輸送を担うダイニンを阻害するCliobrevin Dを添加すると、細胞状構造はつくられないこともわかりました。
細胞内のエネルギー通貨であるATPを分解する酵素であるアピラーゼを加えた場合も、自己組織化ができなくなりました。つまり、このプロセスはエネルギーを消費して行っているということですね。
微小管とともに細胞骨格を形成するもうひとつのポリマーであるアクチンの場合は、重合を阻害しても自己組織化には影響がありませんでした。
どれくらい細胞っぽいのか?
さて、いままでの実験から、カエルの卵の細胞質は微小管とATPを使って自発的に細胞状の構造を形成することがわかりました。
卵細胞の大きな特徴として、短時間のうちに細胞分裂を繰り返して胚形成を行うことが挙げられます。こんな動画を見たことはないでしょうか。これもカエルの卵です。
そこで筆者らは細胞周期阻害分子(Cycloheximide)を除いた卵細胞質を用意し、精子を添加して観察することにしました。以下の動画を御覧ください!
ま〜見事に細胞分裂してますね。
緑の微小管の画像を見れば、細胞核をふたつの娘細胞に分配するための紡錘体を形成している様子が見えます。
しかも、細胞分裂(?)は一回だけではなく、何回も繰り返すことができるようなのです。
これらの実験結果から、均一に混ぜたアフリカツメガエル卵の細胞質からうまれる構造は、形態だけではなく機能も通常の細胞に類似している、と言えそうです。すごい。
まとめと感想
以上、アフリカツメガエルの卵の細胞質は、自発的に細胞のような構造に自己組織化できることを紹介しました。
この自己組織化現象は細胞核も中心体も必要としませんが、エネルギー(ATP)、微小管、そしてダイニンを必要とします。精子を添加した場合には、複数回の分裂と再組織化ができることもわかりました。
これらの結果から、細胞質だけで細胞の基本的な空間構造と特徴的な生理機能を生成できることが判明しました。
生体分子の自己組織化は液-液相分離などの文脈で近年脚光を浴びていますが、この論文ではそれが細胞レベルでも可能ということを示しており、大変おもしろいです。
構造を一旦破壊しても自己再生できるなんて、ジャンプ漫画の敵役とかでいそうですね。
また個人的な感想としては、こうした「なんか面白い現象が見えた」系の研究結果がScience誌に掲載されたという点でも嬉しさがありますね。これはシステム生物学の重鎮Jim Ferrellのパワーということかもしれません。
それではみなさま、良いお年をお迎えください。