わけわかんない進化をゴチャゴチャ言わずに直接観察する話

この記事は 今年読んだ一番好きな論文2016のエントリーとして書かれました。


こんにちは。なんと昨年の #今年読んだ一番好きな論文2015 ぶりのブログ更新になってしまいました。その間に修士号取得したり学振取って辞退したりアメリカの博士課程に留学開始したりといろいろあったのですが、まあその話はまたの機会にするとして、今年も論文紹介してみます*1

今年ご紹介する論文はこちら。

http://science.sciencemag.org/content/353/6304/1147

和訳すると『抗生物質ランドスケープにおける微生物の時空間的進化』、なかなかカッコイイ論文タイトルです。

とっても長い前置き:進化と進化実験

本論文のテーマはずばり『進化』です。

ドブジャンスキーの有名な"Nothing in Biology Makes Sense Except in the Light of Evolution"にあるように、進化といえば生物が共有するもっとも基本的な性質だと思われますが*2、同時にもっとも物議を醸す話題かもしれません。ダーウィンが『種の起源』を発表してから、メンデルの遺伝学と統合されるModern Evolutionary Synthesis(現代進化論)が成立するまでの生物学内のイザコザの歴史もありましたし、創造論者たちとの争いもまだまだ現代の事象です。

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(http://www.smbc-comics.com/comic/2007-12-08 より引用)

創造論者から進化論を信じる人への22の質問(英語) *3 それに対する返答(英語)

こうした進化論を巡る混乱の根底には、進化のタイムスケールに付随する観測の難しさがあります。ダーウィンがそもそも進化を着想した元ネタであるガラパゴス諸島ダーウィンフィンチについて考えてみましょう。

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島ごとの植生に適応したクチバシの形状を持っているという観察結果から、共通祖先から枝分かれして進化した歴史を導き出すことはできても、すでにその共通祖先は絶滅して久しいので「ゆーて本当のところはどうだったのかわからんやろ」というツッコミがついてまわります。それは進化が起こるタイムスケールが長く、人間の観察期間に収まらないことと、進化が起こる環境条件が複雑なためになにが進化を後押ししているのか峻別することが難しいことが影響しています。

このような自然界における進化を観察する難しさを乗り越えるため、実験室内で継続的に観察を続けられる条件で進化が起こるような環境を作る「実験進化(Experimental Evolution)」研究が登場します。有名どころだと京都大学暗黒バエ実験と、LenskiらのE. coli Long-term Evolution Experiment (LTEE)でしょうか。

暗黒バエ実験は、1954年からショウジョウバエを光が全く差さない環境で継代飼育し、現在までに約1500世代が経過している長期実験です。2014年に発表されたゲノム解析論文によれば、暗黒バエは明るい所より暗い所で子孫をを多く残し、嗅覚や概日リズムに関連する遺伝子に変異が起こって暗所に適応できるように変化していることがわかりました。ただし、最近は後継者不足で伝統ある実験の継続が危ぶまれているとか……。

LTEEでは1988年から大腸菌を毎日新しい液体培地の入ったフラスコに移し替えてまた培養するという実験を続けています。

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大腸菌の世代時間*4は数十分〜1時間のオーダーなので、暗黒バエ実験にくらべて観察された世代数が桁違いに多く、2016年11月時点で66,000世代を超えています*5。この過程で腸内細菌である大腸菌が培地の栄養に適応し、本来であれば代謝できないはずのクエン酸塩を代謝する能力を獲得していることが報告されていて、立派に実験室内の適応進化が達成されていることがわかります。Lenskiらの実験の優れている点は、生きたまま冷凍保存できる大腸菌の性質を利用して定期的に冷凍サンプルを作成し、進化の過程の「化石標本」を残して後から成長速度や遺伝子配列を確認できるようにしているところです。そのため、ダーウィンフィンチのように共通祖先が消滅することなく、進化の時間ダイナミクスを正確に追うことができるようになっています。

以上のような実験進化研究で進化の時間発展はわかるようになったのですが、自然環境であれば食べ物の密集具合の違いや、温度などの環境因子の勾配が選択圧として進化に影響するはずです。いままでの実験ではよく混ぜられた均一な環境下での進化を観察していて、空間的な変化は排除されているという制約がありました。

そこで、ようやく今回の論文の紹介に移りたいと思います。いやあ長かった。

MEGAプレートでござるよ

突然ですが、薬剤耐性菌というやっかいものがいます。病院などで発生して、いくら抗生物質で殴ってもピンピンして全然死んでくれない、ましてや毒であるはずの抗生物質を炭素源として食べ始める輩まででてくるしまつ。すでにおわかりでしょうが、薬剤耐性も適応進化の産物です。医療や農業の現場で重要であるうえ、抗生物質の濃度で選択圧の強度を手軽に操作できるので、実験進化の分野でも人気の研究対象の一つです。今回の論文も、抗生物質をまぜた培地における大腸菌の適応進化を観察しています。

空間を変化させることができる実験培地といえば寒天プレートです。みなさんもこんな感じでシャーレに入ってる様子をみたことがあるかもしれません。

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しかし、このような小さなプレートのなかで抗生物質の濃度を割り振っても、あっという間に濃度の濃い箇所から薄い箇所に抗生物質が拡散してしまい、せっかく空間的な変化を準備しても濃度が均一になってしまいます。それならと筆者たちが用意したのが、"Microbial Evolution and Growth Arena (MEGA) - Plate"*6と呼称する、120 cm x 60 cmの巨大な寒天プレートです*7

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巨大プレートの内部は、抗生物質の濃度がだんだんと高くなっていくように区分けされています。これは、両端に植菌された大腸菌が段々と抗生物質ストレスに適応して進化するように選択圧をかける役割を果たします。

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(http://www.vox.com/2016/9/8/12852924/evolution-bacteria-timelapse-video-mega-harvard より引用)

MEGA-Plate両端の抗生物質ゼロ地区に薬剤耐性を持たない大腸菌の野生株を導入し、薬剤耐性を獲得しつつ薬剤耐性の濃い領域に広がっていく様子を観察するという仕組みです。

11日間のフル動画


Spatiotemporal microbial evolution on antibiotic landscapes

これ、初めてみたときは結構感動しました。

MEGA-Plateのすごいところ

だんだんと抗生物質が増えていくプレートの中心部へ進軍していく細胞集団のそれぞれが、直前の先祖集団に比べてより高い抗生物質濃度で生存できるように進化しているので、MEGA-Plateを使えば適応進化そのものをリアルタイムで観察できるようになります。

もちろん、各集団を先祖と結びつけていくことで「どの集団がどの集団から生まれたか」という家系図を作成することもできます。

さらには、それぞれの適応段階でゲノム配列をシーケンサーで調べることによってどこに変異が生じているのかという遺伝型の情報も得ることができます。

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上の図では、抗生物質トリメトプリムでMEGA-Plateを作製した場合の変異の箇所と頻度を示しています。葉酸代謝経路・ストレス応答・転写翻訳機構などに関わる遺伝子の変異がトリメトプリム抵抗性に寄与していることがわかります。

MEGA-Plateを使ってできた発見:強ければいいってもんでもない?

さて、MEGA-Plateは、寒天が黒く着色されているので大腸菌が黒地に白い塊としてみえます。変異が起こった細胞から増殖するミニ集団(下図の□◯△)に注目してみましょう。

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それぞれのミニ細胞集団の「白さ」(≒細胞数)を時間を追って計測することで集団ごとに下図のような増殖曲線を描くことができます。なかなか便利ですね。

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そうしてみると、1回の変異で増殖速度を落とさずに薬剤耐性を獲得する場合('Full Fitness Adaptation', 青)と、初めの変異(Initial Adaptation)で薬剤耐性と引き換えに増殖速度がいったん低下して、もう一度補償的な効果を持つ変異(Compensatory Mutation)が起こることで増殖速度を回復する場合(紫)の二種類存在することがわかりました。

直感的には、集団全体の最前線に位置する変異株こそがもっとも高い薬剤耐性能を持っているような気がしますが、実際に集団内部の変異株の薬剤耐性能を計測してみると、実は最前線の薬剤耐性(横軸)に比べて前線から離れた集団内部の変異株の薬剤耐性能(縦軸)が高いこともよくあるということが判明しました。

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実際に集団の最前線の変異株(青いF)と、集団内部からひろった変異株(紫)を今までにない高濃度の抗生物質下にワープさせてみると、集団内部から採取した変異株のみが成長できる(高い薬剤耐性能を保有する)ということがわかりました。しかし、これらは既に栄養が枯渇した培地に閉じ込められてしまっているので、集団全体の前進と進化には貢献することができません。

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この結果からわかることとして、補償的変異は前線から離れた集団内部で生じることが多く、いかに薬剤耐性能が高くてもすでに空間的に閉じ込められてしまっているために集団全体の進化プロセスへの寄与が限定されること、つまり集団の適応力(Fitness)は最も適応力が高い変異株ではなく、十分な適応力をもちつつ前線の近くに位置する変異株によって駆動されるということが発見されました。「弱肉強食」「適者生存」として簡易化されがちな進化過程も、時間と空間をあわせて見てみると、単に適応力が高いだけでは子孫が残せず、最終的に影響を残すには位置関係も大事だということですね。*8

MEGA-Plate応用

筆者らは抗生物質の濃度勾配を自由に設定できるMEGA-Plateのデザインを応用して、抗生物質ゼロの状態からMIC(成長ができなくなるギリギリの濃度)の3000倍の超高濃度環境までの間のステップをいろいろ設定して適応進化への影響を見る実験も行いました。

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両端の条件では初めの「段差」が高すぎて適応進化が遅れていますが、真ん中2つの条件ではサクサクと適応して最終ゾーンにも侵入しています。このことから、低濃度の薬物に予め触れておくことで高濃度環境にも対応できるようになるということが改めて示され、農業現場での抗生物質の低濃度使用が薬剤耐性菌の出現につながるとする懸念を裏付ける結果となりました。

MEGA-Plateのインパク

薬剤耐性獲得のプロセスを調べる便利な道具という以上に、MEGA-Plateのインパクトはその視覚的なわかりやすさを活用したアウトリーチ活動にも波及すると考えられます。現に、英語版Wikipediaの"Evolution"記事にはMEGA-Plate実験がすでに言及されています。

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自分でも進化について分野外の人に説明するときに重宝する研究になりそうです。

所感

本実験はKishonyラボのメンバーがこっそりサイドプロジェクトとして初めた研究だったそうです。サイドプロジェクトがScience論文になるなんて最高ですね!昨年紹介した微生物集団の電気信号論文と同じく、大きなテーマをシンプルな実験で解くQuantitative Biologyらしい、いい論文だったと思います。

おまけ

KishonyラボでMEGA-Plateのデザインを踏襲したMEGA-Jelloを作って食べたときの様子です。楽しそう。

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追記

おかげさまで、最優秀賞(33票/70票)、みかん色だしコダック・えだまめなのにみかんで賞、チャーリー賞のトリプル受賞することができました!ありがとうございます!豪華賞品ウェイ!!!

*1:豪華賞品ほしいです

*2:あまり断定すると例外好きな生物学者からマサカリ飛んできそうだけど

*3:結構バカバカしいですがこれアメリカだと大真面目なのが怖い

*4:細胞分裂でうまれた細胞がつぎに細胞分裂するまでの時間

*5:人間の世代時間が25年だとすれば165万年に相当する長さ

*6:略語コジツケの中ではマシな方

*7:プレートがこれだけ大きい理由は、進化をおこしうる母集団を大きくできることに加え、抗生物質が拡散する速度(距離対して対数的にスケール)に比べて大腸菌集団の前進速度(距離に対して線形にスケール)が十分に速いために実験期間中に抗生物質が均一化することを防ぐという役割があります

*8:「いろんなタイプがいることが大事なんだね」「一番手ではなく二番手にもチャンスがあるということか」というコメントをいただいていますが、ちょっとズレていて、活用できる栄養源のそばに位置しつつストレスにも適応できるというタイプが有利という結論でした

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