ラッキーな細胞が抗がん剤で強くなる話

すっかり年一回の更新パターンになってしまったブログですが、今年も"ディフェンディング・チャンピオン"として #今年読んだ一番好きな論文2017 にエントリーしましたので、一発ぶち上げます。

今年紹介する論文はこちら。

www.nature.com

"Rare cell variability and drug-induced reprogramming as a mode of cancer drug resistance"、 和訳すると『レアな細胞のばらつきと、薬剤が起こすリプログラミングによる抗がん剤抵抗性』。がん細胞の個性と薬剤耐性の話です。

相変わらず長い前置き

去年は巨大な寒天プレートの上で大腸菌がどんどん抗生物質耐性を獲得していく実験進化の論文を紹介しましたが、そこでのテーマは、抗生物質というストレスに触れた大腸菌が遺伝子変異を蓄積してストレスに適応していくというものでした。

遺伝子(DNA配列)の変化が抗生物質耐性という生理現象・表現型の変化につながるという流れは生物における差異を生み出す一番「普通の」方法で、DNA配列の違いを解析することで、人類とチンパンジーは1300万年前に分岐したとか、ちょっと身近なところでは 日本人の腸内細菌のDNAを調べたら海藻を分解する酵素を海の微生物からゲットしていた論文が出ていたりとか、そういう研究ができるようになっています。

こうしたわけでランダムなDNAの変化(変異)が蓄積されていくことで生物の挙動が変化していくのは進化論の根幹であるのですが、それではDNAが完全に一緒であれば持ち主の挙動も完全に一致するかというと、実はそうでもないということが最近わかってきています。考えてみれば、人間の一卵性双生児もDNA配列は全く一緒のクローンですが、それぞれ個性がでるのはあたりまえですよね。

たとえばバクテリアでは、ゲノムがコピーされて細胞の真ん中で2つの娘細胞に分裂するという増殖方法がスタンダードですが、これはクローンがどんどん増えていくのと同じなので集団内の遺伝型*1は共通のものです。こうした、遺伝型が均一な集団であっても、それぞれの細胞の挙動には個性が出るというのが知られていて、特に薬剤耐性の分野では研究盛んに行われています。

遺伝子変異による薬剤耐性は、一度現れれば子孫にどんどん受け継がれるので集団の適応力を一気に上げる強みがありますが、ストレス源に接してから必要な遺伝子変異が選択されるまで待つ必要があるので時間がかかるというデメリットがあります。

これに対して、非遺伝的な個性はストレス源が現れる以前から確率的に存在する性質上、一部の細胞が一時的にせよ生き残って変異が現れるまでの時間稼ぎができるという働きがあるのではないかと言われています(論文はこちら)。言ってみれば、ローコストなベットヘッジング戦略ですね。

こうしてバクテリアにおいて非遺伝的なメカニズムで細胞ごとの個性が生まれる様子がわかってきた一方で、クローン細胞集団で薬剤の効き方にばらつきが出る現象はがん治療分野においても知られているようです。そこで今回紹介する論文は、そんながん細胞においても非遺伝的なばらつきが抗がん剤抵抗性につながっているという研究結果です。いやはや今回も前置きが長かった…。

メラノーマ細胞の非遺伝的薬剤耐性とLuria-Delbrück解析

BRAFタンパクの変異によって起こることが多い皮膚がんの一種メラノーマ*2は、変異BRAFを阻害する抗がん剤Vemurafenibの投与によってほとんど撃退できるものの、ごく一部の細胞が薬剤耐性を獲得して再発の種になることが知られています。

そこで筆者らは1細胞レベルでどのように薬剤耐性能が生み出されているのか探るべく、患者から単離されたメラノーマ細胞に抗がん剤(Vemurafenib、以下同様)を投与して顕微鏡で観察したところ、ほとんどの細胞の成長が停止する一方で、薬剤耐性を持つ細胞の塊(コロニー)が少数形成されることがわかりました。

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薬剤耐性能をもたない親細胞が分裂してできた2つの娘細胞のうち、赤線で囲われたほうの細胞が耐性を示して元気に増えていく様子

それでは、この薬剤耐性が

  1. 遺伝的な(子孫に安定して受け継がれる)性質のものなのか、
  2. 非耐性状態と薬剤耐性につながる状態を行き来する非遺伝的な性質のものなのか、

気になった筆者らはLuriaとDelbrückの"Fluctuation Test"を応用して調べました。

Fluctuation Testは一言で言えば「遺伝子変異は選択圧(ストレス)の結果として起こるのではなく、選択圧があってもなくてもランダムに起こる」ことを証明した実験で、LuriaとDelbrückの1969年ノーベル賞受賞につながる歴史的な研究成果です*3。考え方としては、もし遺伝子変異がストレス源に対する応答として起きるのであれば、抗生物質を混ぜた培地に同じ量の細胞を乗っければ毎回だいたい同じ量の細胞が生き残るが、もしストレス源に触れる前からランダムに変異が起こっているなら、変異が起こったタイミングによって子孫の数が変わるので培地ごとの生き残り細胞数は大きくばらつくだろうというものです。

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上段が「ストレス源に対応して遺伝子変異が起きる」仮説、下段が「ストレス源の有無にかかわらずランダムに変異が生じる」仮説。http://justinbois.github.io/bootcamp/2016/lessons/l29_luria_delbruck.html より引用。

本論文に話題を戻すと、筆者らはこのLuria-Delbrückの実験を応用して、遺伝型が均一なメラノーマ細胞集団を用意してからいくつかのグループに分け、それぞれに抗がん剤を投与する実験を考案します。もし薬剤耐性が遺伝するのであれば、たまたま早期にできた変異がどんどん子孫に伝わって、それに応じたコロニーがたくさんできるケースが出てくるはずです。しかし、もし薬剤耐性が一時的なものであれば、どの細胞も同様に薬剤耐性につながる可能性があるので、だいたい同じようなコロニー数に落ち着いて極端にたくさんできることはないはずです。

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実際に実験をやってコロニー数を数えてみると、極端に多くのコロニーをもつケースはなく、2番目の「非遺伝的薬剤耐性」仮説が支持されました。

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コロニー数分布に極端に大きい外れ値が不在

さらに119個の既知のがん関連遺伝子配列を親細胞と薬剤耐性能獲得後の細胞とで比較してみたところ、新しい変異はみつからず、薬剤耐性の獲得は遺伝子配列の違いによるものではなさそうという結果になりました*4

1細胞トランスクリプトーム解析

遺伝型の違いではないとすれば、なにが薬剤耐性につながっているのでしょうか。 筆者らは薬剤耐性を示す細胞に特有の遺伝子発現パターン*5RNAシーケンサーで調べ、そうした細胞で多く発現しているマーカー遺伝子をまとめました。

つぎに1細胞ごとの個性を細かく見ていくために、smRNA FISH*6を用いて抗がん剤投与前の各細胞においてマーカー遺伝子の発現量を調べました。すると、薬剤投与前にもかかわらず耐性遺伝子を高発現している細胞がごく少数(1/50~1/500の割合で)存在することがわかりました。

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薬剤投与前の1細胞smFISH結果。"Jackpot Cell" と呼ばれるmRNA高発現細胞が少数存在することがわかる。

抗がん剤を投与して4週間経過すると、生き残った細胞から形成されたコロニーではマーカー遺伝子が一様に高発現している様子も観察されました。

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薬剤耐性コロニー中の細胞は一様に耐性マーカー遺伝子のmRNA量が多い。

こうしたマーカー遺伝子発現から抗がん剤投与後の薬剤耐性を予測できるのか調べるため、マーカー遺伝子の一つであるEGFRの高発現細胞(上位0.02~0.2%)を蛍光セルソーター(FACS)で拾い出してきて抗がん剤を投与したところ、母集団に比べて7.9倍も多く耐性コロニーが形成され、薬剤投与前にマーカー遺伝子を高発現する細胞が抗がん剤投与後に耐性を示しやすいことがわかりました。さらに、セルソーターで拾い出してきたEGFR高発現細胞を薬剤なしで1週間育てると薬物耐性能を失うこともわかり、薬剤耐性の一時性も確認できました。

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EGFR高発現細胞を選抜してからの経過時間と薬剤耐性能の関係。

一時的な薬剤耐性を抗がん剤が固定化する

一方で、抗がん剤投与後にできる耐性コロニー中の細胞は、投与を一旦停止して再開した場合でも薬剤耐性を失わず、また遺伝子発現パターンにも影響しないことがわかりました。つまり、薬剤耐性は抗がん剤投与後に固定されるようなのです。

そこで筆者らは、

  1. たまに細胞が一時的な薬剤耐性を獲得する
  2. 薬剤投与によって細胞がリプログラミングされ、薬剤耐性が固定化される

という2段階で耐性が獲得されるのではないかと考えました。

EGFR高発現細胞をひろってきて抗がん剤投与前後のマーカー遺伝子発現量の変化を調べると、投与前はごく一部の遺伝子しか高発現していないのに対し、投与後は時間を追うごとに高発現するものが増えていくことがわかりました。

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1456個の薬剤耐性遺伝子マーカーのうち高発現する割合が薬剤投与後どんどん増えていく様子。

抗がん剤投与によって遺伝子発現パターンが変化していくことがわかったので、そのメカニズムを突き止めるべく全ゲノムの制御因子結合部位をATAC-seqと呼ばれるシーケンシング手法で調べました。

その結果、抗がん剤投与によってまずは分化を制御する転写因子の結合部位が減少し、つぎに侵襲性を高める転写因子などの結合部位が増加することがわかり、抗がん剤投与後の薬剤耐性固定化には脱分化を経て新しいシグナル伝達経路の活性化が関わっていることが示唆されました。

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抗がん剤投与前、投与後1週間、投与後4週間の転写因子結合部位を比較した図。まずは1週間目で結合部位が減少した後、4週間目には新しい結合部位が増加していることがわかる

論文のまとめ

論文をまとめると、「メラノーマには抗がん剤投与前から一時的に耐性遺伝子を高発現するレアな細胞が存在し、抗がん剤を投与すると転写因子結合部位が変化することで耐性遺伝子の発現パターンが変化して薬剤耐性を固定する」ことが報告されています。論文の結びで筆者らは薬剤耐性の一時的及び遺伝的な要因は相互排他的ではなく、本記事冒頭で述べたように遺伝的変異獲得までの時間稼ぎとして一時的な耐性能が働く可能性を指摘しています。

Vemurafenib一種の研究とは言え、抗がん剤そのものが一部の細胞の薬剤耐性を助長しているという結果になり、がん治療戦略の精査が必要になりそうです。遺伝子発現が一部の細胞でのみ高いという現象はメラノーマ以外のがん細胞や正常なメラノサイトでも見つかっており、こうしたメカニズムの非遺伝的薬剤耐性は広範囲な影響があるかもしれません。

本論文で報告された耐性獲得では遺伝子配列の変異の寄与は見られず、純粋にエピジェネティックなメカニズムで安定した薬剤耐性が遺伝的に均一な集団から現れてくる様子はめちゃくちゃおもしろいし、現代的な研究だと思います。微生物と共通する非遺伝的表現型ゆらぎとその働きをユニークな切り口で定量化していく本論文は、普通だったらがん研究論文は全く読まない僕でも面白く読めました。

研究手法の感想としては、一細胞smRNA FISHやATAC-seqなどの新しい技術を使いつつ、古典的遺伝学の粋たるLuria-Delbrück実験も組み合わせる手腕が最高でした。ラストオーサーのArjun RajはsmRNA FISHの第一人者ですが、得意な技術を軸に据えつつ古く枯れた技術も使いこなすのはかっこいいですな。研究室を運営する若手PIとしての考察を綴る彼のブログも面白いです。

追記 本記事でタチコマ賞を受賞することができました!@antiplasticsさん、ありがとうございました。

*1:配列のパターン

*2:ドラクエの呪文っぽい

*3:これを2017年のナウでヤングな研究が使うというのが激アツ

*4:ただし調べなかった他の遺伝子やノンコーディング領域に変異がある可能性は否定できません

*5:どの遺伝子からmRNAが翻訳されているかという情報で、網羅的なものはトランスクリプトームと呼ぶ

*6:目的のmRNAを蛍光標識してそれぞれの細胞にいくつ存在するか一分子ずつ数えるすごい技術

わけわかんない進化をゴチャゴチャ言わずに直接観察する話

この記事は 今年読んだ一番好きな論文2016のエントリーとして書かれました。


こんにちは。なんと昨年の #今年読んだ一番好きな論文2015 ぶりのブログ更新になってしまいました。その間に修士号取得したり学振取って辞退したりアメリカの博士課程に留学開始したりといろいろあったのですが、まあその話はまたの機会にするとして、今年も論文紹介してみます*1

今年ご紹介する論文はこちら。

Spatiotemporal microbial evolution on antibiotic landscapes | Science

和訳すると『抗生物質ランドスケープにおける微生物の時空間的進化』、なかなかカッコイイ論文タイトルです。

とっても長い前置き:進化と進化実験

本論文のテーマはずばり『進化』です。

ドブジャンスキーの有名な"Nothing in Biology Makes Sense Except in the Light of Evolution"にあるように、進化といえば生物が共有するもっとも基本的な性質だと思われますが*2、同時にもっとも物議を醸す話題かもしれません。ダーウィンが『種の起源』を発表してから、メンデルの遺伝学と統合されるModern Evolutionary Synthesis(現代進化論)が成立するまでの生物学内のイザコザの歴史もありましたし、創造論者たちとの争いもまだまだ現代の事象です。

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(http://www.smbc-comics.com/comic/2007-12-08 より引用)

創造論者から進化論を信じる人への22の質問(英語) *3 それに対する返答(英語)

こうした進化論を巡る混乱の根底には、進化のタイムスケールに付随する観測の難しさがあります。ダーウィンがそもそも進化を着想した元ネタであるガラパゴス諸島ダーウィンフィンチについて考えてみましょう。

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島ごとの植生に適応したクチバシの形状を持っているという観察結果から、共通祖先から枝分かれして進化した歴史を導き出すことはできても、すでにその共通祖先は絶滅して久しいので「ゆーて本当のところはどうだったのかわからんやろ」というツッコミがついてまわります。それは進化が起こるタイムスケールが長く、人間の観察期間に収まらないことと、進化が起こる環境条件が複雑なためになにが進化を後押ししているのか峻別することが難しいことが影響しています。

このような自然界における進化を観察する難しさを乗り越えるため、実験室内で継続的に観察を続けられる条件で進化が起こるような環境を作る「実験進化(Experimental Evolution)」研究が登場します。有名どころだと京都大学暗黒バエ実験と、LenskiらのE. coli Long-term Evolution Experiment (LTEE)でしょうか。

暗黒バエ実験は、1954年からショウジョウバエを光が全く差さない環境で継代飼育し、現在までに約1500世代が経過している長期実験です。2014年に発表されたゲノム解析論文によれば、暗黒バエは明るい所より暗い所で子孫をを多く残し、嗅覚や概日リズムに関連する遺伝子に変異が起こって暗所に適応できるように変化していることがわかりました。ただし、最近は後継者不足で伝統ある実験の継続が危ぶまれているとか……。

LTEEでは1988年から大腸菌を毎日新しい液体培地の入ったフラスコに移し替えてまた培養するという実験を続けています。

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大腸菌の世代時間*4は数十分〜1時間のオーダーなので、暗黒バエ実験にくらべて観察された世代数が桁違いに多く、2016年11月時点で66,000世代を超えています*5。この過程で腸内細菌である大腸菌が培地の栄養に適応し、本来であれば代謝できないはずのクエン酸塩を代謝する能力を獲得していることが報告されていて、立派に実験室内の適応進化が達成されていることがわかります。Lenskiらの実験の優れている点は、生きたまま冷凍保存できる大腸菌の性質を利用して定期的に冷凍サンプルを作成し、進化の過程の「化石標本」を残して後から成長速度や遺伝子配列を確認できるようにしているところです。そのため、ダーウィンフィンチのように共通祖先が消滅することなく、進化の時間ダイナミクスを正確に追うことができるようになっています。

以上のような実験進化研究で進化の時間発展はわかるようになったのですが、自然環境であれば食べ物の密集具合の違いや、温度などの環境因子の勾配が選択圧として進化に影響するはずです。いままでの実験ではよく混ぜられた均一な環境下での進化を観察していて、空間的な変化は排除されているという制約がありました。

そこで、ようやく今回の論文の紹介に移りたいと思います。いやあ長かった。

MEGAプレートでござるよ

突然ですが、薬剤耐性菌というやっかいものがいます。病院などで発生して、いくら抗生物質で殴ってもピンピンして全然死んでくれない、ましてや毒であるはずの抗生物質を炭素源として食べ始める輩まででてくるしまつ。すでにおわかりでしょうが、薬剤耐性も適応進化の産物です。医療や農業の現場で重要であるうえ、抗生物質の濃度で選択圧の強度を手軽に操作できるので、実験進化の分野でも人気の研究対象の一つです。今回の論文も、抗生物質をまぜた培地における大腸菌の適応進化を観察しています。

空間を変化させることができる実験培地といえば寒天プレートです。みなさんもこんな感じでシャーレに入ってる様子をみたことがあるかもしれません。

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しかし、このような小さなプレートのなかで抗生物質の濃度を割り振っても、あっという間に濃度の濃い箇所から薄い箇所に抗生物質が拡散してしまい、せっかく空間的な変化を準備しても濃度が均一になってしまいます。それならと筆者たちが用意したのが、"Microbial Evolution and Growth Arena (MEGA) - Plate"*6と呼称する、120 cm x 60 cmの巨大な寒天プレートです*7

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巨大プレートの内部は、抗生物質の濃度がだんだんと高くなっていくように区分けされています。これは、両端に植菌された大腸菌が段々と抗生物質ストレスに適応して進化するように選択圧をかける役割を果たします。

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(http://www.vox.com/2016/9/8/12852924/evolution-bacteria-timelapse-video-mega-harvard より引用)

MEGA-Plate両端の抗生物質ゼロ地区に薬剤耐性を持たない大腸菌の野生株を導入し、薬剤耐性を獲得しつつ薬剤耐性の濃い領域に広がっていく様子を観察するという仕組みです。

11日間のフル動画


Spatiotemporal microbial evolution on antibiotic landscapes

これ、初めてみたときは結構感動しました。

MEGA-Plateのすごいところ

だんだんと抗生物質が増えていくプレートの中心部へ進軍していく細胞集団のそれぞれが、直前の先祖集団に比べてより高い抗生物質濃度で生存できるように進化しているので、MEGA-Plateを使えば適応進化そのものをリアルタイムで観察できるようになります。

もちろん、各集団を先祖と結びつけていくことで「どの集団がどの集団から生まれたか」という家系図を作成することもできます。

さらには、それぞれの適応段階でゲノム配列をシーケンサーで調べることによってどこに変異が生じているのかという遺伝型の情報も得ることができます。

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上の図では、抗生物質トリメトプリムでMEGA-Plateを作製した場合の変異の箇所と頻度を示しています。葉酸代謝経路・ストレス応答・転写翻訳機構などに関わる遺伝子の変異がトリメトプリム抵抗性に寄与していることがわかります。

MEGA-Plateを使ってできた発見:強ければいいってもんでもない?

さて、MEGA-Plateは、寒天が黒く着色されているので大腸菌が黒地に白い塊としてみえます。変異が起こった細胞から増殖するミニ集団(下図の□◯△)に注目してみましょう。

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それぞれのミニ細胞集団の「白さ」(≒細胞数)を時間を追って計測することで集団ごとに下図のような増殖曲線を描くことができます。なかなか便利ですね。

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そうしてみると、1回の変異で増殖速度を落とさずに薬剤耐性を獲得する場合('Full Fitness Adaptation', 青)と、初めの変異(Initial Adaptation)で薬剤耐性と引き換えに増殖速度がいったん低下して、もう一度補償的な効果を持つ変異(Compensatory Mutation)が起こることで増殖速度を回復する場合(紫)の二種類存在することがわかりました。

直感的には、集団全体の最前線に位置する変異株こそがもっとも高い薬剤耐性能を持っているような気がしますが、実際に集団内部の変異株の薬剤耐性能を計測してみると、実は最前線の薬剤耐性(横軸)に比べて前線から離れた集団内部の変異株の薬剤耐性能(縦軸)が高いこともよくあるということが判明しました。

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実際に集団の最前線の変異株(青いF)と、集団内部からひろった変異株(紫)を今までにない高濃度の抗生物質下にワープさせてみると、集団内部から採取した変異株のみが成長できる(高い薬剤耐性能を保有する)ということがわかりました。しかし、これらは既に栄養が枯渇した培地に閉じ込められてしまっているので、集団全体の前進と進化には貢献することができません。

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この結果からわかることとして、補償的変異は前線から離れた集団内部で生じることが多く、いかに薬剤耐性能が高くてもすでに空間的に閉じ込められてしまっているために集団全体の進化プロセスへの寄与が限定されること、つまり集団の適応力(Fitness)は最も適応力が高い変異株ではなく、十分な適応力をもちつつ前線の近くに位置する変異株によって駆動されるということが発見されました。「弱肉強食」「適者生存」として簡易化されがちな進化過程も、時間と空間をあわせて見てみると、単に適応力が高いだけでは子孫が残せず、最終的に影響を残すには位置関係も大事だということですね。*8

MEGA-Plate応用

筆者らは抗生物質の濃度勾配を自由に設定できるMEGA-Plateのデザインを応用して、抗生物質ゼロの状態からMIC(成長ができなくなるギリギリの濃度)の3000倍の超高濃度環境までの間のステップをいろいろ設定して適応進化への影響を見る実験も行いました。

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両端の条件では初めの「段差」が高すぎて適応進化が遅れていますが、真ん中2つの条件ではサクサクと適応して最終ゾーンにも侵入しています。このことから、低濃度の薬物に予め触れておくことで高濃度環境にも対応できるようになるということが改めて示され、農業現場での抗生物質の低濃度使用が薬剤耐性菌の出現につながるとする懸念を裏付ける結果となりました。

MEGA-Plateのインパク

薬剤耐性獲得のプロセスを調べる便利な道具という以上に、MEGA-Plateのインパクトはその視覚的なわかりやすさを活用したアウトリーチ活動にも波及すると考えられます。現に、英語版Wikipediaの"Evolution"記事にはMEGA-Plate実験がすでに言及されています。

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自分でも進化について分野外の人に説明するときに重宝する研究になりそうです。

所感

本実験はKishonyラボのメンバーがこっそりサイドプロジェクトとして初めた研究だったそうです。サイドプロジェクトがScience論文になるなんて最高ですね!昨年紹介した微生物集団の電気信号論文と同じく、大きなテーマをシンプルな実験で解くQuantitative Biologyらしい、いい論文だったと思います。

おまけ

KishonyラボでMEGA-Plateのデザインを踏襲したMEGA-Jelloを作って食べたときの様子です。楽しそう。

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追記

おかげさまで、最優秀賞(33票/70票)、みかん色だしコダック・えだまめなのにみかんで賞、チャーリー賞のトリプル受賞することができました!ありがとうございます!豪華賞品ウェイ!!!

*1:豪華賞品ほしいです

*2:あまり断定すると例外好きな生物学者からマサカリ飛んできそうだけど

*3:結構バカバカしいですがこれアメリカだと大真面目なのが怖い

*4:細胞分裂でうまれた細胞がつぎに細胞分裂するまでの時間

*5:人間の世代時間が25年だとすれば165万年に相当する長さ

*6:略語コジツケの中ではマシな方

*7:プレートがこれだけ大きい理由は、進化をおこしうる母集団を大きくできることに加え、抗生物質が拡散する速度(距離対して対数的にスケール)に比べて大腸菌集団の前進速度(距離に対して線形にスケール)が十分に速いために実験期間中に抗生物質が均一化することを防ぐという役割があります

*8:「いろんなタイプがいることが大事なんだね」「一番手ではなく二番手にもチャンスがあるということか」というコメントをいただいていますが、ちょっとズレていて、活用できる栄養源のそばに位置しつつストレスにも適応できるというタイプが有利という結論でした

電気ビリビリごはんもぐもぐ

この記事は今年読んだ一番好きな論文Advent Calendar の一部として書かれました。


更新が停滞しがちな一年でしたが、論文は読んでいたのでこれなら記事かける!ウェイ!と思ってAdvent Calendar登録ページを見に行ったら初日しか空いてませんでした。トップバッターこわい。

というわけでこんなノリで大丈夫かしらと一抹の不安を抱えつつご紹介する「今年読んだ一番好きな論文」はこちらです。

A. Prindle et al. 2015 "Ion channels enable electrical communication in bacterial communities." Nature

とりあえず動画

まずは論文のSupplementary Videoを見てみましょう。


biofilm-ionchannel

なんか知らんけどカッコよくない?ヤバくない?

よくわかんないけどヤバそう、どういうことなの

さきほどの動画は、枯草菌Baccilus subtilisバイオフィルムを顕微鏡で観察し、細胞の負電荷を蛍光色素で可視化したものです。そこで、数mm規模の巨大な*1範囲に及ぶ振動現象が観察されました。

この論文で、微生物が電気信号を用いて情報伝達を行い、細胞同士で代謝状態を共有していることが初めて明らかになりました。

あたししょうがくせい。よくわかんない。

ぼくおなかすいたばいきん。ごはんたべたい。でんきビリビリしたら、ちかくのともだちがごはんゆずってくれたよ。うれしい。ごはんもぐもぐ。いきる。生きる。

ちゃんと論文解説しろ

内容の解説に入る前に、この論文ができるまでの背景をすこし説明したいと思います。

本論文を発表したカリフォルニア大学サンディエゴ校のGürol Süelラボでは、しばらくまえにBacillus subtilisバイオフィルムの成長速度が振動する不思議現象を発見しました。


biofilm-oscillation

調べてみると、バイオフィルムが大きくなるにつれて細胞成長に必要な栄養素「グルタミン」がバイオフィルム内部で枯渇するため、その補充に使う時間を稼ぐためにバイオフィルム外縁部の細胞が成長を一時停止し、バイオフィルム内部の細胞を餓死させないように「配慮」してバイオフィルム全体の持続的な成長を可能にしているということがわかりました。

(この研究もNature論文になっていて面白いのでおすすめです。Süelラボによる解説動画もかわいいのでどうぞ。)


Metabolic co-dependence in bacterial biofilms

この成長振動論文の段階で振動現象の理由(Why)はわかったのですが、バイオフィルム全体で栄養状態の情報を共有して成長速度を調整するメカニズム(How)は不明なままでした。

そこで、筆者らはグルタミンの材料であるグルタミン酸アンモニウムがそれぞれ荷電していることから、それぞれの代謝効率に細胞の電荷が関わっているのではないか?と仮説を立て、そこから長距離情報伝達法の候補としてイオンチャネルに目をつけました。

広く知られているように、動物の神経細胞はイオンチャネルを介して電気信号をやりとりすることで情報伝達を行っています。これまで微生物においてもイオンチャネルの存在自体は知られていましたが、実際の機能は謎に包まれていました。

筆者らは、まずはバイオフィルムの荷電ダイナミクスを可視化すべく、正電荷をもつ蛍光色素であるThioflavin-T(ThT)でバイオフィルムを処理し、独自のマイクロ流体デバイスで顕微鏡観察したところ、冒頭の動画に見られるような周期的な蛍光振動を発見しました。つまり、バイオフィルム全体で負電荷が伝播され、高度に同期していることが初めてわかったのです。そこでひとつ前の論文でみられた成長速度振動との関係を探ってみたところ、電荷振動と成長速度振動が見事に逆位相を示します。

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これはなにかあるぞ、ということで筆者らはいろいろ実験を重ね、

  • グルタミン添加がThT振動を抑制すること*2
  • 細胞外カリウム濃度がThTと同期して振動していること
  • 細胞内カリウム濃度と同程度のカリウムをKClのかたちで添加するとThT振動が抑制されること
  • 拡散では説明できない速度と距離でカリウムの振動がバイオフィルム中を伝播すること
  • 細胞外カリウムを一時的に増加させると細胞が脱分極と過分極を順に示すこと(ThTにより確認)
  • 過分極中に細胞外カリウム濃度が上昇すること
  • 唯一の既知のカリウムチャネルであるYugOがその応答に必要であること
  • グルタミン添加が過分極を抑制すること
  • グルタミン枯渇がYugO依存的に細胞内カリウム放出を引き起こすこと

をそれぞれ確認しました*3。 これらの実験結果をまとめると、

  1. 細胞のグルタミン枯渇がカリウムチャネルYugOを通したカリウム放出を促し、
  2. 放出されたカリウムが周囲の細胞の脱分極と過分極を促してカリウム放出を引き起こし、
  3. バケツリレー方式にカリウムイオンの波がバイオフィルム中を伝播していく

というストーリーが浮かび上がってきました。実際にHodgkin-Huxleyモデルをアレンジした数理モデルで解析してみたところ、YugOの存在が物理的に離れた細胞同士の電気的情報伝達に十分(Sufficient)だということが示されました。

プロトン駆動力に依存する細胞外グルタミン酸取り込みと細胞内アンモニウム維持の効率が細胞の脱分極によって低下するので、栄養枯渇に陥った細胞がカリウムを放出して周囲の細胞を脱分極させることで成長を停止させ、不足していた栄養の補充を行い、その後の過分極によって栄養取り込み能力を回復するというメカニズムが示唆されました。これが隣の細胞でまた繰り返され、バイオフィルム全体を通して電気信号の伝播と細胞成長速度の協調が行われるのです。

最後に

この論文は近年盛り上がっているQuantitative Biology(Qbio)という分野特有の「定量的に生命システムを説明する」というテーマに取り組んでいて、興味にドハマリしたので選びました。 1月のQbio MeetingでGürol Süelの講演を聞いてから大ファンなのですが、この論文も「変な現象」をビシっとエレガントに説明する、Süelラボらしい名作だと思います。 あと単純に微生物学徒としては微生物が変なことをしていると嬉しいですね。

僕は修士課程の研究で大腸菌の1細胞計測を行っているのですが、微生物の自然界における本来の姿であるバイオフィルム、つまり集団での現象にもとても興味があります。この論文で示されているように、Qbioの強みである「よく定義されたシステムの動態を実験と理論の両面から定量的に解析する」という研究手法は今後生命科学の発展にますます重要な位置を占めていくと思われます。実験と理論、両方できるつよい院生になりたいな、ならなくちゃ、絶対なってやる〜〜〜*4

*1:1細胞の長さが数µmなので

*2:前回の論文で成長速度振動も抑制することが明らかになっています

*3:ものすごく説明を省略していますので詳しくは論文読んでみてください

*4:そのまえに修論書け

「関東の中で東京の汚染が最も危険な本当の理由!」が危険な本当の理由!

こんにちは。ブログ一周年記事書いてから半年以上放置するという体たらくなのですが、ぼちぼち再稼働したいです。

揚げ足記事が一番執筆モチベーションあがるということで、今日のネタは、今朝母*1からメールで送られてきたこちらのブログ記事です。

ameblo.jp

当該記事の内容は、アメリカ国家核安全保障局(National Nuclear Security Administration、以下NNSA)が3.11以後東京の米国大使館施設などで行った空気中の放射性核種濃度測定データを紹介し、事故後の東京都中心部でストロンチウム90が69000 Bq/m3, ストロンチウム89がなんと61万 Bq/m3も検出されていた!死ぬ!政府はどうしてくれるんだ!という調子*2

善良な読者は「マジで??やばくない?」と浮足立つわけなんですが、ちょっと立ち止まって考えてみると、いくらなんでも高すぎる気がします朝日新聞の記事によれば、「国内で記録されたストロンチウム90の最高値は1963年の仙台市での358ベクレル」(たぶんBq/m3)とのことなので、核実験真っ盛り時代の192倍も放射性核種が都心に飛来していたら、さすがに大騒ぎになっていることでしょう。

そこでちょっと調べてみることにしました。 元記事には参考にしたデータへのリンクがなかった*3ので、自力で探してみたらNNSAのホームページにそれっぽいプレスリリースが見つかりました。

NNSA Releases Raw Data from Radiation Monitoring Efforts in Japan | National Nuclear Security Administration

プレスリリースのリンクが切れていた*4ので、米政府のデータ公開サイトで検索をかけたところ、おそらく元記事で参照したCSVファイルがみつかりました。

US DOE/NNSA and DoD Response to 2011 Fukushima Incident: Radiological Air Samples - Data.gov

こちらがデータの解説PDF。

CSVをダウンロードしてNumbersで開いて米国大使館("Embassy")とストロンチウム("Sr")でフィルタかけて時系列順に並べ直したのが以下のスクリーンショット画像です。

f:id:pioneerboy:20150601124724p:plainf:id:pioneerboy:20150601124739p:plainf:id:pioneerboy:20150601124753p:plain

Result列のストロンチウム濃度値を見てみるとだいたい10-13から10-15µCi/mLのオーダーで、Bq/m3に換算しても0.001~0.00001という微々たる値にしかなりません。アレ?61万どこ行った?

唯一それっぽい桁の数値は、最初のスクショの上の方にあるのですが…、よく見るとここだけ単位がµCi/mLではなくµCiになっていますf:id:pioneerboy:20150601130117p:plain

これを誤ってµCi/mLだと思って計算してしまうと、ちょうど元記事の内容に合致する69714 Bq/m3ストロンチウム90)と610472 Bq/m3ストロンチウム89)という数値が出てきました。

ここでちゃんとVolume列にある採集大気量で割って単位を他に合わせてみると、ストロンチウム90:4.28*10-15ストロンチウム89:3.9*10-14(単位: µCi/mL)と通常通りの数値です。元記事には「『放射線業務従事者が常時立ち入る場所』で、ストロンチウム90の濃度限界は5ベクレル/立方メートルとされています。」と書いてあり、それより全然低い。よかった。

日本政府には、アメリカから伝えられていたでしょう。 しかし、隠し通してきました。 膨大な、それも英語の資料なので、 これまで、誰も大きく取り上げることがありませんでした。 私は、当ブログに来訪されている方からの情報で知り、 数日をかけて、細かく解析を進めた次第です。 (http://ameblo.jp/64152966/entry-11812724061.html

たしかに放射能はこわいし、できることならクリーンなエネルギーで快適に暮らしたいのは僕も一緒なのですが、さすがに数値計算で大暴投した記事で不安を煽るのはダメですよ。たとえ「数日をかけて細かく解析」した結果だとしてもね。

*1:安易にこの手の情報に踊らされないで欲しいと再三言ってきたので、母も「ゆるふわ?心配すること無いのかな?」と半信半疑

*2:微生物のくだりは完全に眉唾案件なのでスルーします

*3:どういうつもりなんだ

*4:オイ

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