細胞スープが勝手に細胞(?)に戻る話

この記事は #今年読んだ一番好きな論文2019 大人版のエントリーとして書かれました。

adventar.org

学生版もぜひ見てみてください。

adventar.org

今年ご紹介する論文はこちら。

Spontaneous emergence of cell-like organization in Xenopus egg extracts

和訳すれば「アフリカツメガエル卵抽出液からの細胞様構造の自発的組織化」という感じでしょうか。

なんで細胞スープなのか

細胞が分裂して増殖するとき、次世代の細胞は親からDNA上の遺伝情報と、空間上に配置された各種生体分子と細胞内小器官を受け継ぎます。

次世代の細胞をちゃんと作るにあたって、遺伝情報がなにかしら大事そうというのはわかりますが、親から受け継いだ細胞内空間配置がどれくらい大事なのかはよくわかっていません。

そこで筆者らは、「じゃあ細胞を遠心分離機にかけて細胞質*1だけとってくりゃいいじゃん」という発想に至ります。すき。 f:id:pioneerboy:20191225150033p:plain

カエルの卵の細胞質だけ取り出して放置する

アフリカツメガエル(Xenopus laevis)は、おとなしくて飼いやすいので(たぶん)、実験生物として広く使われています。 f:id:pioneerboy:20191225151939p:plain

とくにアフリカツメガエルの卵は、簡単に採集できる巨大細胞*2として便利なモデルです。

筆者らはこのカエルの卵を集めて遠心分離機にかけ、真ん中の細胞質部分だけ取り出し、よく混ぜて精子を添加して、スライドガラスに挟んで顕微鏡で観察することにしました。

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勝手に凝集して細胞っぽくなる!

スライドガラスに挟んだ細胞質の様子です。 緑色が細胞の骨格をつくる微小管、そして赤がタンパク質合成などにかかわる小胞体です。

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30分程度の間に見事に細胞っぽくなっていますね。

それぞれの区画の真ん中には精子由来の細胞核(青)がひとつ配置され、微小管、小胞体、ミトコンドリアも通常の細胞と類似した空間配置になっています。

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つまり、卵細胞を壊して細胞質だけ取り出しても、元通りの細胞の構造が勝手にできてくるようなのです。

なにが細胞っぽくさせているのか?

では、なにがこの自己組織化を後押ししているのでしょうか。 まずは精子由来の細胞核の寄与を調べるために、精子を添加した場合としなかった場合を比べてみます。

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上段:精子を添加した場合。下段:精子を添加しなかった場合。

すると、精子由来の細胞核がなくても自己組織化現象は起きることがわかりました。

添加する細胞核の数を変えると、それに応じて細胞構造の大きさも変わりました。 f:id:pioneerboy:20191225161202g:plain

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つまり、細胞核はなくても自己組織化できるが、あれば核の数に応じて細胞構造も細分化されるという法則がありそうです。

また、微小管の重合を阻害するNocodazole、そして微小管上を動いて物質輸送を担うダイニンを阻害するCliobrevin Dを添加すると、細胞状構造はつくられないこともわかりました。

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Nocodazole添加の影響。

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Ciliobrevin D添加の影響。

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細胞内のエネルギー通貨であるATPを分解する酵素であるアピラーゼを加えた場合も、自己組織化ができなくなりました。つまり、このプロセスはエネルギーを消費して行っているということですね。

微小管とともに細胞骨格を形成するもうひとつのポリマーであるアクチンの場合は、重合を阻害しても自己組織化には影響がありませんでした。

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Latrunculin A添加の影響。

どれくらい細胞っぽいのか?

さて、いままでの実験から、カエルの卵の細胞質は微小管とATPを使って自発的に細胞状の構造を形成することがわかりました。

卵細胞の大きな特徴として、短時間のうちに細胞分裂を繰り返して胚形成を行うことが挙げられます。こんな動画を見たことはないでしょうか。これもカエルの卵です。


Cell Division Time lapse

そこで筆者らは細胞周期阻害分子(Cycloheximide)を除いた卵細胞質を用意し、精子を添加して観察することにしました。以下の動画を御覧ください! f:id:pioneerboy:20191225164153g:plain

ま〜見事に細胞分裂してますね。

緑の微小管の画像を見れば、細胞核をふたつの娘細胞に分配するための紡錘体を形成している様子が見えます。 f:id:pioneerboy:20191225164331p:plain

しかも、細胞分裂(?)は一回だけではなく、何回も繰り返すことができるようなのです。

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細胞状構造が分裂を繰り返す様子。細胞核を赤で示している。

これらの実験結果から、均一に混ぜたアフリカツメガエル卵の細胞質からうまれる構造は、形態だけではなく機能も通常の細胞に類似している、と言えそうです。すごい。

まとめと感想

以上、アフリカツメガエルの卵の細胞質は、自発的に細胞のような構造に自己組織化できることを紹介しました。

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この自己組織化現象は細胞核も中心体も必要としませんが、エネルギー(ATP)、微小管、そしてダイニンを必要とします。精子を添加した場合には、複数回の分裂と再組織化ができることもわかりました。

これらの結果から、細胞質だけで細胞の基本的な空間構造と特徴的な生理機能を生成できることが判明しました。

生体分子の自己組織化は液-液相分離などの文脈で近年脚光を浴びていますが、この論文ではそれが細胞レベルでも可能ということを示しており、大変おもしろいです。

構造を一旦破壊しても自己再生できるなんて、ジャンプ漫画の敵役とかでいそうですね。

また個人的な感想としては、こうした「なんか面白い現象が見えた」系の研究結果がScience誌に掲載されたという点でも嬉しさがありますね。これはシステム生物学の重鎮Jim Ferrellのパワーということかもしれません。

それではみなさま、良いお年をお迎えください。

*1:細胞膜や、DNAが格納される核を除いたスープ状の部分

*2:直径1.2mm程度

枯草菌が臨界現象をつかって電気を流す話

この記事は、 #今年読んだ一番好きな論文2018 の22日目のエントリーとして書きました。

今年紹介する論文はこちら。

Signal Percolation within a Bacterial Community

タイトルを和訳すれば『微生物コミュニティー内での信号パーコレーション』です。

実は共著者の一人なので、 #今年書いた一番好きな論文2018 でもあります!

ざっくりした内容のまとめ

  • 枯草菌の細胞集団は、パーコレーションという臨界現象を利用して効率的に電気的通信する
  • 臨界現象に向かう原動力は、集団レベルの利益と1細胞レベルのコストのバランス取り

もはや伝統的にながい背景説明

この論文、 #今年読んだ一番好きな論文2015 で発表した論文の発展研究*1なのですが、どういう位置づけなのかをまとめ直したいと思います。

多細胞生物は長距離の調整が必要

一般的な話として、たくさんの細胞が集まってひとつの器官や生命体を構成するとき、それぞれの細胞が好き勝手な行動をしていては、システム全体の機能は成立しません。細胞同士で適切に情報を共有して細胞機能や成長状態を調整することで、器官や生体としてのマクロな機能が成立可能になります。

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細胞同士で情報をやり取りして調整し合う「細胞間コミュニケーション」は以前から活発に研究が行われている分野で、有名な例としてホルモンを介した内分泌系や、電気信号を介した神経系等が挙げられます。

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ホルモンなどのシグナル分子をつかったコミュニケーションシステムの場合、シグナルの伝達は分子の拡散に依存するので、距離とともにシグナル強度は減衰していきます。一方で、神経細胞の軸索に見られるような電気信号の伝達は、イオンチャネルがバケツリレー方式にシグナルを運んでいくため、長距離に渡って安定した信号を伝えることができます。ヒトの神経細胞は大きいもので数十センチまで成長するので、このコミュニケーション形式は非常に重要になります。

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細菌も集団生活をしている

さて、ヒトなどの多細胞生物は、たくさんの細胞がコミュニケーションしながら集団生活しているのですが、もっと「単純」な生命体はどうしているのでしょうか。

単細胞生物の代表格である細菌(バクテリア)は、ヒトの細胞とちがい、1つの細胞で完成した生命体です。ヒトの赤血球を体外に出してもすぐ死んでしまいますが、細菌*2はひとりでもへっちゃらです。

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しかし、単細胞生物だからといって常に単独行動をしているわけではありません。ほとんどのバクテリアバイオフィルムと呼ばれる集団を形成して、たくさんの仲間の細胞に囲まれた集団生活を送っていることが知られています。

バクテリアの細胞間コミュニケーション方法として早くから知られていたのは、クオラムセンシングを始めとする拡散ベースの分子シグナル法でした。しかし、多細胞システムであるバイオフィルム内部のシグナル伝達は拡散頼りで十分なのでしょうか。

今回紹介する論文の著者ら*3バクテリアの一種である枯草菌のバイオフィルムにおいて、数センチメートル規模の長距離*4における細胞状態の調整と、神経細胞に類似した電気的細胞間コミュニケーション(拡散ベースではない)の存在を明らかにしています。

枯草菌バイオフィルムの電気的コミュニケーション

たくさんの細胞があつまって形成されるバイオフィルムは、つねに新鮮な培地に接している周縁部の細胞と、栄養が枯渇しがちな内部の細胞の健康状態を調整する必要があります。

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周辺部ばかりが成長すると内部に栄養が行き渡らなくなり、内部が餓死したドーナッツ状の集団になってしまいます。外敵や毒物などに遭遇した場合に矢面に立つのも周縁部の細胞なので、ドーナッツ状態ではバイオフィルムとしての生存確率は大きく低下してしまいます。

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そこで枯草菌のバイオフィルムでは、内部で栄養が枯渇すると、細胞内に蓄積したカリウムイオンを放出して周囲の細胞の膜電位を過分極させ、それがまたカリウムイオン放出の引き金になってまた周囲の細胞の膜電位を変化させる、というバケツリレー方式の電気信号を周縁部に向かって伝搬していきます。膜電位が過分極している細胞は栄養の取り込みが停止して成長も停止するので、周縁部が成長を停止している間に内部の細胞は栄養を取り込んで一息つくことができるようになります。こうした細胞成長と停止の振動を繰り返すことによって、安定した細胞集団の維持が可能になっている、というのがいままでの研究成果でした。

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biofilm-ionchannel

しかし、神経細胞の軸索のような特殊な細胞構造を持たない枯草菌が、どのように電気信号を長距離にわたって伝搬しているのかは不明でした。

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そこで電気信号を発信しているバイオフィルムを高倍率の顕微鏡で覗いてみると、すべての細胞が信号伝達に参加しているわけではなく、信号伝達に参加する細胞(「発火している細胞」と呼ぶことにします)と参加しない細胞がいて、しかも発火している細胞はランダムに配置されているのではなく、いくつかの発火細胞同士で寄り集まったクラスター構造をとっているらしいということがわかりました。

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100倍対物レンズで撮影した枯草菌のバイオフィルム。膜電位をチオフラビンT(青)で可視化している。

パーコレーション理論で説明できる??

発火する細胞と、しない細胞。このような不均一な媒体を信号が通過していく方法で、なにか使えそうな理論はないかと考えたSuelラボメンバー。イジングモデルにおけるパーコレーション現象*5に似ているんじゃないかと睨んで、理論屋のMuglerラボと共同研究を開始します。

ここでパーコレーション現象について、森林火災を例にざっと解説したいと思います。

まばらに木が生えた土地に、山火事を起こすというシチュエーションを考えましょう*6

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木と木の間に十分間隔があいていれば、最初の火は燃え広がらず、しばらくすれば燃え尽きてしまいます。

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しかし、木の生えている密度を上げていけば、どこかの段階で火が隣の木に燃え移ることが可能になり、さらに密度を上げれば燃えている木のかたまり(クラスター)がつながって、一気に森全体を包み込む大火災に発展します。この「つながる」現象を「パーコレーション(浸透)」と呼びます。

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土地に木が占める割合と、大火災の発生率(接続率)の関係をグラフに起こしてみると、木がある程度密集した段階で一気に接続率が上がる、S字形のシグモイド曲線になることが知られています。非接続から接続が起こる領域を臨界点、この変化を臨界相転移と呼びますが、こうした現象は統計物理学で盛んに研究がされてきました。また、臨界点付近の状態で、火がついている木のクラスターの大きさを発生確率と両対数グラフにすると、べき乗分布(power-law distribution)になり、システムのサイズ(森林の面積)に依存しないスケールフリー性を示すのも、パーコレーション現象の大事な性質です。臨界点より大きい割合を木が占めている土地では、土地の面積によらず、つねに土地全体をスパンする巨大な山火事クラスターが出現するという具合です。

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自然界やネットワークデータからべき乗分布を見つける研究はちょっと流行ったことがあり、「べき乗則」についてのはてなキーワード

最近は経済、バイオ、インターネットなど様々な分野で、特に多数の要素がたがいに影響しあって微妙な均衡を保っていると考えられる場合に冪分布が見いだされるという研究が非常に流行っている。冪であることを示すには両対数グラフを書いた時に直線になればよいが、どんなグラフでも横軸が1、2桁の幅しかなければ直線に見えなくもないので注意が必要である。

はホントにそのとおりというか、たぶん統計物理学界隈の業界人が書いた指摘です。

シミュレーションでパーコレーション現象を予測

さて寄り道が長くなりましたが、バイオフィルムに話を戻したいと思います。

山火事と微生物の電気信号、ちょっと関係なさそうですが、不均一な媒体を信号が流れていくという点で同じ理論でアプローチできそうです。

そこでバイオフィルムの細胞を格子に見立てて、パーコレーション現象が起きる条件をシミュレートしたところ、2つの予測がうまれました。

  1. 臨界点(パーコレーションが発生するときの割合)は全体の45%を発火細胞が占めたとき。

  2. そのときの発火細胞クラスターサイズの確率分布はべき乗分布を示し、その臨界指数は2。

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さて、実際のバイオフィルムではどうなっているのでしょうか。

実験で予測をばっちり実証!

マイクロ流体デバイスの中で枯草菌を増やしていくと、ある程度の大きさのバイオフィルムになった段階で栄養状態が内外でズレて電気的コミュニケーションが発生します。このときの様子を高倍率の顕微鏡で撮影して発火細胞を解析することで、パーコレーション理論で説明できるかどうか実証できます。

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チオフラビンT (ThT)という蛍光色素を使って一個一個の細胞の膜電位を可視化すると、信号伝達に参加する細胞は全体の43% (±2) という結果になり、パーコレーションが起こる臨界点ぴったりという結果になりました(上図B)。

さらに各クラスターの所属細胞数を調べて両対数グラフにしてみると、4ケタにまたがるキレイなべき乗分布、しかも指数も2という結果に(上図D)! さきほど「どんなグラフでも横軸が1、2桁の幅しかなければ直線に見えなくもない」という文章を引用しましたが、今回の結果は生物学データで発見されたべき乗分布としては最大の例に近いと思います。

さて、どうやら枯草菌のバイオフィルムはパーコレーション現象を使って電気通信をしているらしいということはわかりました。めでたしめでたし。

……。

いやいやいや、ちょっと待ってください。

「なぜ発火細胞の空間配置がべき乗分布するのか」、「なぜ臨界現象なのか」、気になりませんか?「自然界にはべき乗分布がたくさんあるっぽい」「ふーんそーなんだ」みたいな明日使えるムダ知識で終わりたくないですよね?

というわけで、ちゃんと調べましたよ。

集団の事情、一細胞の事情

そもそも枯草菌バイオフィルムにおける電気信号の役割を考えてみると、「バイオフィルム全体が元気に成長を続けるために、定期的に一細胞レベルで成長を停止して栄養供給を安定化する」というものでした。

つまり、信号伝達の利益バイオフィルム全体レベルで現れる(バイオフィルムの端から端まできちんと電気信号が伝わらなければ利益は得られない)のに対して、信号伝達のコストは一細胞レベルで現れる(信号伝達に参加している間は成長・分裂ができない)というふうに考えることができます。実際に、下の右図のように、膜電位の過分極の度合いと一細胞の成長速度は逆相関することがわかりました。

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"Benefit of Signaling"のグラフの線の色は、電気信号伝達に関わるカリウムイオンチャネル(YugO)やその開閉ゲートドメイン(TrkA)、その転写制御因子(SinR)、そしてカリウムイオンポンプ(KtrA)を欠損させた菌株を表しています。ここからはTrkA欠損株のみ、信号伝達が距離に応じて減衰していく(利益を得られていない)ということがわかります。

コストのほうでは、各変異株で信号伝達に参加する細胞の割合、そして各信号の継続時間を調べました。 f:id:pioneerboy:20181223143904j:plain

ちょっとごちゃごちゃした図なのでざっくりまとめると、信号伝達に関わる遺伝子を欠損させることで、発火細胞の割合と、発火している時間をそれぞれ変化させることができましたという結果です。信号伝達のコストは、このふたつのパラメーターをあわせて考えれば良さそうです。

さて、「利益」はバイオフィルム全体に信号が伝わっていれば良いので、パーコレーションが発生する直前まではゼロ、臨界点突破してパーコレーションが発生して信号が伝達した途端にMAXになるというシグモイド曲線で考えることができます(下図C)。一方で「コスト」は発火細胞の割合とともに単調増加していきます(下図D)。 f:id:pioneerboy:20181223143919j:plain

この2つを合わせると、ちょうどパーコレーションが発生する臨界点付近で利益-コスト比が最大になります。臨界点以下の発火割合では信号が伝わらないので利益は得られないし、臨界点以上の発火割合では利益は据え置きでコストが膨らむという具合で、ちょうど野生株が最適な位置にいることがわかります。 f:id:pioneerboy:20181223143932j:plain

そんなわけで、「なぜ発火細胞の空間配置がべき乗分布するのか」、「なぜ臨界現象なのか」という疑問に対して、「枯草菌細胞が信号伝達のコストベネフィット分析をした結果である」という回答を出すことができました*7。べき乗分布はスケールフリーなので、バイオフィルムが成長してサイズが変わっても信号伝達がスケールしていくという利点もありそうです。

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まとめと感想

長々と自分の論文を紹介してきましたが、微生物集団の電気的コミュニケーションが成立する背景をパーコレーション現象で説明する研究、いかがでしたか?

一細胞と集団の両方にまたがり、さらに統計物理学と微生物学をあわせた本研究は2018年に発表されたQBio系研究でも相当面白いんじゃないかなと(手前味噌補正を自覚しつつ)思っています。

理論と実験から微生物生理における臨界現象を実証し、さらに臨界現象に生命システムが近づく理由まで踏み込んだ成果としてのインパクトがありそうです。

最近は腸内細菌叢と宿主の神経系とのインターフェイスがじわじわ人気の研究分野になってきていますが、腸内環境でも電気通信をする細菌はいるのか、いるとしたら宿主神経系と電気的に情報をやり取りしているのか、など面白そうな発展研究の夢が広がっています。

この論文はいまのラボでPhD 1年目のローテーションをしていたときに、画像解析を手伝って著者の一人になりました。 実験と理論の担当者で毎週何回もSkype会議して、わーっと解析して図表を作って論文になっていく流れが勉強できて非常にためになりました。 Cell Systemsはシステム生物学に特化した新しい雑誌ですが、担当エディターが丁寧な仕事をしてくれてとても好印象でした。

来年は自分の1st Author論文を出すことを目標に頑張りたいと思います!

おまけ

Cell Systems誌に論文が採択された段階で募集される表紙画像に、私が編集した画像が採用されました。電気的信号に参加する発火細胞を色付け、さらにパーコレーションでシステム全域にまたがっていくクラスターに属する細胞を別の色で強調しました。採用の連絡が来たときは嬉しかったですね。 f:id:pioneerboy:20181223224849j:plain

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表紙のポスターも記念に注文しちゃいました。

おまけ2

おかげさまで、人気投票第一位および「そんなことよりビール飲もうぜ賞」を受賞しました!本年もよろしくお願いします。

*1:書いた当時はこのラボに所属するための大学院受験をしていた頃でした

*2:オリゼーはカビですが

*3:というか私の所属ラボ

*4:枯草菌の1細胞は1マイクロメートルサイズなので

*5:磁気双極子のスピンが揃うことで磁性が発生する

*6:アメリカでは山火事を始めると40億円の賠償金が発生したりするので、良い子は真似しないでね

*7:意識高い

オフィスにスタンディングデスクを導入しました

実験生物系大学院生としての一日は、実験台に立って試薬を調製したり細々とした作業をする時間より、顕微鏡で撮った動画の解析やコード書き、それに論文用の文章や図の準備などのデスクワークの時間のほうが割合としてずっと多いです(もちろん分野によりますが)。

一日中ずっと座っていると、腰回りや背中が痛くなってくるし、そうした症状は今後加齢とともに悪化していくと思われ、なんとかしたいなあと思っていました。 解決策として『良い椅子を購入する』というのも考えましたが、金字塔であるアーロンチェアに十数万円突っ込む経済的余裕はさすがにないし、その余裕が出るまで待ってたら手遅れになりそうです。

座り作業の弊害を打破するもうひとつの道として、スタンディングデスクがあります。 これは文字通り立って仕事をするための机で、目線に合わせて高い位置にコンピューターのモニターを設置して、立ったままパソコン作業を行うことができるようになります。

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スタンディングデスクにも色々種類があり、高さが固定されているものや、手動あるいは電動で高さを変えて普通の座る用のデスクとしても兼用できるタイプもあります。 便利そうですが、多くは数万円レベルの価格帯になっていて、とりあえずスタンディングデスクを試してみたい用途としては敷居が高く感じます。

どうしたもんかと思っていたところ、米Amazonでこんなものを見つけました。

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普段の机の上に設置するタイプのモニター+キーボードスタンドで、ダンボール製のためなんとお値段$25。 評価もめちゃくちゃいいので(4.6/5.0, 361レビュー)、とりあえず買ってみました。 公式サイトによれば、身長163cm以下の人はSmall、163~180cmの人はMedium、180cm以上の人はLargeを使うと良いそうです。

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Sparkにモニターとキーボード・マウスを乗せたところ。非常に安定感があります。

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オフィスデスクの全体図。机の左側をスタンディングスペース、右側を座って作業するスペースに分けました。

公式ウェブサイトのマニュアル動画を見ながらの組み立ては、10分もかからずにできました。 完全にダンボール製ですが、うまく考えられた構造で、モニターを乗せてキーボードを叩いてもビクともしません。 11kgくらいまで耐えられるらしいので、モニター一体型のiMacなども使えるそうです。

さっそく使ってみた感想としては、立っているぶん眠くならないし、作業に集中できるので生産性が上がりました。 論文を読んだりするときは椅子に座ってじっくり読めるので、仕事のメリハリが付いた気がします。

ずっと立って作業していると、夕方には足の裏が若干痛くなってくるのに気づいたので、同じメーカーが出しているスタンディングデスク用マット"Topo"も買ってみました。 こちらも超高評価です(大きいサイズのバージョンは4.8/5.0, 1239レビュー、小さい方も4.8/5.0, 266レビュー)。

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足元のスペースが若干狭いので、大小サイズあるうちの、Miniを選択($69)。

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スタンディングデスク用マットのTopo Mini。

材質は弾力とクッション性のある硬めのプラスチックフォームみたいな感じです。 色々な足のポジションができるように起伏が配置されているので、作業中に適宜足を動かして足つぼマッサージができて立ち疲れしません。

日本のAmazonでも両方売っていますが、ずいぶん高くなっているようです。

Amazon.comからダンボールデスクを日本に発送する場合、東京までの送料は$21程度のようなので、こちらで買ったほうがお得かも。 www.amazon.com

スタンディングデスクの長期的な健康への影響は諸説あるようですが、生産性はわりと上がるのではないかと思います!

追記

一週間ほど使って、手のひらが当たる部分の塗装が若干薄れてきたのに気づいたので、テープを貼って補強しました。これで一安心のはず。

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ラッキーな細胞が抗がん剤で強くなる話

すっかり年一回の更新パターンになってしまったブログですが、今年も"ディフェンディング・チャンピオン"として #今年読んだ一番好きな論文2017 にエントリーしましたので、一発ぶち上げます。

今年紹介する論文はこちら。

www.nature.com

"Rare cell variability and drug-induced reprogramming as a mode of cancer drug resistance"、 和訳すると『レアな細胞のばらつきと、薬剤が起こすリプログラミングによる抗がん剤抵抗性』。がん細胞の個性と薬剤耐性の話です。

相変わらず長い前置き

去年は巨大な寒天プレートの上で大腸菌がどんどん抗生物質耐性を獲得していく実験進化の論文を紹介しましたが、そこでのテーマは、抗生物質というストレスに触れた大腸菌が遺伝子変異を蓄積してストレスに適応していくというものでした。

遺伝子(DNA配列)の変化が抗生物質耐性という生理現象・表現型の変化につながるという流れは生物における差異を生み出す一番「普通の」方法で、DNA配列の違いを解析することで、人類とチンパンジーは1300万年前に分岐したとか、ちょっと身近なところでは 日本人の腸内細菌のDNAを調べたら海藻を分解する酵素を海の微生物からゲットしていた論文が出ていたりとか、そういう研究ができるようになっています。

こうしたわけでランダムなDNAの変化(変異)が蓄積されていくことで生物の挙動が変化していくのは進化論の根幹であるのですが、それではDNAが完全に一緒であれば持ち主の挙動も完全に一致するかというと、実はそうでもないということが最近わかってきています。考えてみれば、人間の一卵性双生児もDNA配列は全く一緒のクローンですが、それぞれ個性がでるのはあたりまえですよね。

たとえばバクテリアでは、ゲノムがコピーされて細胞の真ん中で2つの娘細胞に分裂するという増殖方法がスタンダードですが、これはクローンがどんどん増えていくのと同じなので集団内の遺伝型*1は共通のものです。こうした、遺伝型が均一な集団であっても、それぞれの細胞の挙動には個性が出るというのが知られていて、特に薬剤耐性の分野では研究盛んに行われています。

遺伝子変異による薬剤耐性は、一度現れれば子孫にどんどん受け継がれるので集団の適応力を一気に上げる強みがありますが、ストレス源に接してから必要な遺伝子変異が選択されるまで待つ必要があるので時間がかかるというデメリットがあります。

これに対して、非遺伝的な個性はストレス源が現れる以前から確率的に存在する性質上、一部の細胞が一時的にせよ生き残って変異が現れるまでの時間稼ぎができるという働きがあるのではないかと言われています(論文はこちら)。言ってみれば、ローコストなベットヘッジング戦略ですね。

こうしてバクテリアにおいて非遺伝的なメカニズムで細胞ごとの個性が生まれる様子がわかってきた一方で、クローン細胞集団で薬剤の効き方にばらつきが出る現象はがん治療分野においても知られているようです。そこで今回紹介する論文は、そんながん細胞においても非遺伝的なばらつきが抗がん剤抵抗性につながっているという研究結果です。いやはや今回も前置きが長かった…。

メラノーマ細胞の非遺伝的薬剤耐性とLuria-Delbrück解析

BRAFタンパクの変異によって起こることが多い皮膚がんの一種メラノーマ*2は、変異BRAFを阻害する抗がん剤Vemurafenibの投与によってほとんど撃退できるものの、ごく一部の細胞が薬剤耐性を獲得して再発の種になることが知られています。

そこで筆者らは1細胞レベルでどのように薬剤耐性能が生み出されているのか探るべく、患者から単離されたメラノーマ細胞に抗がん剤(Vemurafenib、以下同様)を投与して顕微鏡で観察したところ、ほとんどの細胞の成長が停止する一方で、薬剤耐性を持つ細胞の塊(コロニー)が少数形成されることがわかりました。

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薬剤耐性能をもたない親細胞が分裂してできた2つの娘細胞のうち、赤線で囲われたほうの細胞が耐性を示して元気に増えていく様子

それでは、この薬剤耐性が

  1. 遺伝的な(子孫に安定して受け継がれる)性質のものなのか、
  2. 非耐性状態と薬剤耐性につながる状態を行き来する非遺伝的な性質のものなのか、

気になった筆者らはLuriaとDelbrückの"Fluctuation Test"を応用して調べました。

Fluctuation Testは一言で言えば「遺伝子変異は選択圧(ストレス)の結果として起こるのではなく、選択圧があってもなくてもランダムに起こる」ことを証明した実験で、LuriaとDelbrückの1969年ノーベル賞受賞につながる歴史的な研究成果です*3。考え方としては、もし遺伝子変異がストレス源に対する応答として起きるのであれば、抗生物質を混ぜた培地に同じ量の細胞を乗っければ毎回だいたい同じ量の細胞が生き残るが、もしストレス源に触れる前からランダムに変異が起こっているなら、変異が起こったタイミングによって子孫の数が変わるので培地ごとの生き残り細胞数は大きくばらつくだろうというものです。

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上段が「ストレス源に対応して遺伝子変異が起きる」仮説、下段が「ストレス源の有無にかかわらずランダムに変異が生じる」仮説。http://justinbois.github.io/bootcamp/2016/lessons/l29_luria_delbruck.html より引用。

本論文に話題を戻すと、筆者らはこのLuria-Delbrückの実験を応用して、遺伝型が均一なメラノーマ細胞集団を用意してからいくつかのグループに分け、それぞれに抗がん剤を投与する実験を考案します。もし薬剤耐性が遺伝するのであれば、たまたま早期にできた変異がどんどん子孫に伝わって、それに応じたコロニーがたくさんできるケースが出てくるはずです。しかし、もし薬剤耐性が一時的なものであれば、どの細胞も同様に薬剤耐性につながる可能性があるので、だいたい同じようなコロニー数に落ち着いて極端にたくさんできることはないはずです。

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実際に実験をやってコロニー数を数えてみると、極端に多くのコロニーをもつケースはなく、2番目の「非遺伝的薬剤耐性」仮説が支持されました。

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コロニー数分布に極端に大きい外れ値が不在

さらに119個の既知のがん関連遺伝子配列を親細胞と薬剤耐性能獲得後の細胞とで比較してみたところ、新しい変異はみつからず、薬剤耐性の獲得は遺伝子配列の違いによるものではなさそうという結果になりました*4

1細胞トランスクリプトーム解析

遺伝型の違いではないとすれば、なにが薬剤耐性につながっているのでしょうか。 筆者らは薬剤耐性を示す細胞に特有の遺伝子発現パターン*5RNAシーケンサーで調べ、そうした細胞で多く発現しているマーカー遺伝子をまとめました。

つぎに1細胞ごとの個性を細かく見ていくために、smRNA FISH*6を用いて抗がん剤投与前の各細胞においてマーカー遺伝子の発現量を調べました。すると、薬剤投与前にもかかわらず耐性遺伝子を高発現している細胞がごく少数(1/50~1/500の割合で)存在することがわかりました。

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薬剤投与前の1細胞smFISH結果。"Jackpot Cell" と呼ばれるmRNA高発現細胞が少数存在することがわかる。

抗がん剤を投与して4週間経過すると、生き残った細胞から形成されたコロニーではマーカー遺伝子が一様に高発現している様子も観察されました。

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薬剤耐性コロニー中の細胞は一様に耐性マーカー遺伝子のmRNA量が多い。

こうしたマーカー遺伝子発現から抗がん剤投与後の薬剤耐性を予測できるのか調べるため、マーカー遺伝子の一つであるEGFRの高発現細胞(上位0.02~0.2%)を蛍光セルソーター(FACS)で拾い出してきて抗がん剤を投与したところ、母集団に比べて7.9倍も多く耐性コロニーが形成され、薬剤投与前にマーカー遺伝子を高発現する細胞が抗がん剤投与後に耐性を示しやすいことがわかりました。さらに、セルソーターで拾い出してきたEGFR高発現細胞を薬剤なしで1週間育てると薬物耐性能を失うこともわかり、薬剤耐性の一時性も確認できました。

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EGFR高発現細胞を選抜してからの経過時間と薬剤耐性能の関係。

一時的な薬剤耐性を抗がん剤が固定化する

一方で、抗がん剤投与後にできる耐性コロニー中の細胞は、投与を一旦停止して再開した場合でも薬剤耐性を失わず、また遺伝子発現パターンにも影響しないことがわかりました。つまり、薬剤耐性は抗がん剤投与後に固定されるようなのです。

そこで筆者らは、

  1. たまに細胞が一時的な薬剤耐性を獲得する
  2. 薬剤投与によって細胞がリプログラミングされ、薬剤耐性が固定化される

という2段階で耐性が獲得されるのではないかと考えました。

EGFR高発現細胞をひろってきて抗がん剤投与前後のマーカー遺伝子発現量の変化を調べると、投与前はごく一部の遺伝子しか高発現していないのに対し、投与後は時間を追うごとに高発現するものが増えていくことがわかりました。

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1456個の薬剤耐性遺伝子マーカーのうち高発現する割合が薬剤投与後どんどん増えていく様子。

抗がん剤投与によって遺伝子発現パターンが変化していくことがわかったので、そのメカニズムを突き止めるべく全ゲノムの制御因子結合部位をATAC-seqと呼ばれるシーケンシング手法で調べました。

その結果、抗がん剤投与によってまずは分化を制御する転写因子の結合部位が減少し、つぎに侵襲性を高める転写因子などの結合部位が増加することがわかり、抗がん剤投与後の薬剤耐性固定化には脱分化を経て新しいシグナル伝達経路の活性化が関わっていることが示唆されました。

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抗がん剤投与前、投与後1週間、投与後4週間の転写因子結合部位を比較した図。まずは1週間目で結合部位が減少した後、4週間目には新しい結合部位が増加していることがわかる

論文のまとめ

論文をまとめると、「メラノーマには抗がん剤投与前から一時的に耐性遺伝子を高発現するレアな細胞が存在し、抗がん剤を投与すると転写因子結合部位が変化することで耐性遺伝子の発現パターンが変化して薬剤耐性を固定する」ことが報告されています。論文の結びで筆者らは薬剤耐性の一時的及び遺伝的な要因は相互排他的ではなく、本記事冒頭で述べたように遺伝的変異獲得までの時間稼ぎとして一時的な耐性能が働く可能性を指摘しています。

Vemurafenib一種の研究とは言え、抗がん剤そのものが一部の細胞の薬剤耐性を助長しているという結果になり、がん治療戦略の精査が必要になりそうです。遺伝子発現が一部の細胞でのみ高いという現象はメラノーマ以外のがん細胞や正常なメラノサイトでも見つかっており、こうしたメカニズムの非遺伝的薬剤耐性は広範囲な影響があるかもしれません。

本論文で報告された耐性獲得では遺伝子配列の変異の寄与は見られず、純粋にエピジェネティックなメカニズムで安定した薬剤耐性が遺伝的に均一な集団から現れてくる様子はめちゃくちゃおもしろいし、現代的な研究だと思います。微生物と共通する非遺伝的表現型ゆらぎとその働きをユニークな切り口で定量化していく本論文は、普通だったらがん研究論文は全く読まない僕でも面白く読めました。

研究手法の感想としては、一細胞smRNA FISHやATAC-seqなどの新しい技術を使いつつ、古典的遺伝学の粋たるLuria-Delbrück実験も組み合わせる手腕が最高でした。ラストオーサーのArjun RajはsmRNA FISHの第一人者ですが、得意な技術を軸に据えつつ古く枯れた技術も使いこなすのはかっこいいですな。研究室を運営する若手PIとしての考察を綴る彼のブログも面白いです。

追記 本記事でタチコマ賞を受賞することができました!@antiplasticsさん、ありがとうございました。

*1:配列のパターン

*2:ドラクエの呪文っぽい

*3:これを2017年のナウでヤングな研究が使うというのが激アツ

*4:ただし調べなかった他の遺伝子やノンコーディング領域に変異がある可能性は否定できません

*5:どの遺伝子からmRNAが翻訳されているかという情報で、網羅的なものはトランスクリプトームと呼ぶ

*6:目的のmRNAを蛍光標識してそれぞれの細胞にいくつ存在するか一分子ずつ数えるすごい技術

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